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約  束 (あとがき)

アニメ「宝島」には、ほんとに熱くてかっこいい男たちがいっぱい登場しましたが、中でもやはり、シルバーとグレーが飛びぬけてステキでした。
当時私たち仲間内では、「男の理想はシルバー、ダンナの理想はグレー」というのが合言葉だったなあ(笑)。
原作では、結婚して幸福な家庭を持ったことになっているグレーですが、アニメでは故郷アイルランドの独立戦争に身を投じ、壮絶な最期を遂げています。
いつもジムのことを優しく見守っていたグレー。分かっていて、貧乏くじばかり引いてしまうような男。かれもまた、シルバーの中に男の理想を求め、最後までシルバーの生きざまに自分の人生を重ねて生きたのですね。
グレーがなぜダンナの理想かというと、自分を待っている女がいたとしたら、絶対にどんなことをしてでも帰ってきてくれるひとだと思うからです。
決して裏切らない、たとえ亡霊になってでも、彼ならきっと帰ってきてくれる――。
エリーは幸せだったでしょうか。でも、やっぱり「生きて」帰ってきてほしかったかな。

あんたを待ってるの…いつまでも。

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約  束 (2)

カモメたちの鳴く声で目が覚めた。もう、辺りはすっかり明るくなっている。
しばらく夢見心地でぼんやりしていたが、ふいに、ベッドに寝ているのが自分ひとりだと気づいて、エリーは飛び起きた。
昨夜、確かに隣にいたはずの男の姿が消えている。
「グレー。どこ?」
家中を探し回ったが、懐かしい恋人はどこにもいなかった。
「どこかへ出かけたのかしら。そのうち帰ってくるわね」
気を取り直して店の掃除を始めたエリーだったが、カウンターの上に置かれたびんとグラスを目にしたとたん、彼女の全身は凍りついた。
ラム酒のびんもグラスも、彼女が昨夜、棚から取り出して置いたそのままだったのだ。
「減ってない――」
真夜中に彼が帰ってきて、ここに座って、このグラスでラムを飲んだはずなのに……。
ラム酒のびんは封が切られておらず、グラスも汚れていなかった。
「グレー? うそでしょ……」

そんなはずないわ。
あなたは昨夜、確かにここにいたじゃない。
ラム酒を飲んで、あたしにキスして、あたしを抱いてくれたじゃない。
夢じゃないわ。
あなたの温もりが、今もこの手に残ってる。

「夢なんかじゃない!」
エリーは両手で顔を覆うと、その場に座り込んだ。
「約束したんだもの。絶対に戻ってくるって」
泣き崩れるエリーの胸元で、チリンと乾いた音がした。
「………!」
あわててまさぐる指先に触れたのは、桜貝のネックレス。グレーが着けてくれた――。
それは確かに、昨夜と同じひんやりとした感触で、エリーの首すじを飾っていた。


グレーが戦死したという知らせが、彼の戦友によってエリーの元に届いたのは、それから三ヶ月近く経ってからのことだ。グレーが死んだのは、やはりあの夜だったそうだ。
彼は、窮地に陥った味方を救うため、万に一つも生還の望みのない作戦に志願したのだという。そして見事に務めを果たし、自らは敵の銃弾に斃れたのだった。
「それが不思議なことに――」
と、その男は声を落とした。
「ヤツが死ぬ前の日、自分がもし死んだらあんたに渡してくれって、桜貝のネックレスを預かったんだ。生きて還れるとは思えない決死行だったからな。覚悟してたんだろう」
「………」
「ところが、確かにポケットに入れておいたはずのそのネックレスが、ヤツの死んだ後、煙のように消えちまっててよ。ずいぶん探したんだが、どうしても見つからねえ。そんな訳で、あんたに渡せなくなっちまったんで、それを謝りたくてね……って、おい、大丈夫か?」
話の途中から、ぼろぼろと泣き出したエリーに、男は慌てた。エリーの涙は止まらない。すすり泣きは嗚咽になり、やがて号泣になった。
「すまねえな、エリーさん。身体を大事にな」
泣き止まないエリーに手を焼いた男は、挨拶もそこそこに、そそくさと帰っていった。


――やっぱり、帰ってきてくれたのね。あの晩、あんたは、本当にここにいたんだ……。

胸元のネックレスを握りしめながら、エリーは泣いた。
胸いっぱいに、愛する男への想いがあふれている。
グレーはきっと、最後の最後まで、エリーとの約束を守ろうとしてくれたのだ。彼らしい誠実さで。

お帰りなさい、グレー。
魂だけ、懐かしいこの場所へ。
あたしの胸の中へ――。

(了)

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約  束 (1)

――だめ。寝付けないわ。

港から吹きつける風が、ドアや窓をガタガタと鳴らしている。
こんな夜は、思い出が胸の底からいっぱいあふれてきて、眠れない。
ベッドの中で転々としていたエリーは、ガウンを引っ掛けると、寝室を抜け出し、階段を下りた。
ランプに灯をともすと、見慣れた情景が浮かび上がった。
無造作に置かれたテーブルと椅子たち。壁いっぱいに造り付けられた棚に、所狭しと並んだびんやグラス。磨きこんで黒光りしているカウンター。
港に停泊する船の乗組員たちを相手にする、小さな港町の小さな酒場。
ここがエリーの仕事場、そして住まいだ。去年の暮れに父親が死んでからは、彼女が一人で切り盛りしている。
エリーは、カウンターに腰掛けて、ぼんやりと棚に並んだラム酒のびんを眺めていた。何を見るでもなく漂っていた視線が、一番下の棚の右端まできて、止まった。
そこにあるのは、ありふれたラムのびんと、ちょっと小ぶりのグラス。
「………」
彼女は黙って立ち上がると、そのびんとグラスを取り上げ、そっとカウンターの上に置いた。
「いつ戻ってきてくれるの? グレー」
声に出したとたん、懐かしい面影が胸の中ではじけた。
このグラスも、あたしも、こんなにあんたを待っているのに――。
いつもこの席に座り、このグラスでラムを飲んでいた男の姿が鮮やかによみがえり、エリーはガウンの袖でそっと目蓋をぬぐった。


「行ってしまうのね」
今にも泣きそうな顔のあたしに、あなたはいつもと変わらない笑顔で言った。
「船乗りは海に出るのが仕事さ」
「そう。そして船乗りの女は、男が帰ってくるのを港で待つのが仕事……」
「わかってるじゃねえか、エリー」
そうよ、わかってる。
あなたはいつだって、あたしのところへ戻ってきてくれたわ。
ずいぶん危険な目にもあったらしいけど、それでも、必ず元気な顔で帰ってきてくれた。
だから今度も、きっとここへ、あたしのところへ、無事に帰ってくる――。

でも、あたしは知ってるの。
今度の旅が、いつもみたいな航海じゃないってことを。
あなたの故郷が独立のために戦っていて、その戦争に加わるために行くんだってことも。
……アイルランド。あなたが生まれた国。
以前の航海で手に入れた莫大なお宝も、すべて独立運動のために寄附したんだってね。
勝ち目のない戦争だって、父さんは言ってた。
それでも、あなたは行くのね。
昔からそうだった。いつも弱い方、旗色の悪い方に味方して。分かっていながら、貧乏くじを引いてしまうようなひとだったわ。

「帰ってくるよ、エリー」
「………」
「約束するよ。何があっても、どんなことをしても、絶対にお前のところへ帰ってくる」
あなたは、とても優しくて哀しい目であたしを見つめた。
そして、旅立っていった。
あれからもう、三年も経ったのよ。手紙は一度来ただけ。
無事でいるの? 怪我をしたり、病気になったりしていない?
どうしてるの? あたしのグレー。


ふいに、ランプの灯芯がジジ……と音を立て、風もないのに揺らめいた。
「グレー? あなたなの?」
なぜそう感じたのかわからない。ただ訳もなく、胸が高鳴る。
エリーは急いで立ち上がると、走っていって店の扉を開けた。
「あ……」
そこには、男が立っていた。
長旅の疲れかちょっとやつれて、汗と埃にまみれたくたびれた服で、けれどとびきりの笑顔で。
「エリー、ただいま」
「グレー!」
一瞬、呆然とし、次の瞬間、エリーはグレーの胸に飛び込んでいた。
何も言葉が出てこない。ただ、涙があふれて、とめどなくあふれて――。

――夢じゃないのね。
――夢じゃないさ。
――ほんとに帰ってきてくれたのね。
――約束したろ。絶対に帰ってくるって。

カウンターのいつもの席に座り、グレーは、彼のグラスで彼のラム酒を飲んだ。何杯も。
この懐かしい光景を、何度思い描いては涙したことだろう。
グレーの隣に座ったエリーは、黙ったまま、身体の芯からにじみ出てくる喜びをかみしめた。
それから、二人は見つめあい、口づけをかわし、エリーのベッドで長い夜を過ごしたのだった。
「エリー。長い間待たせてすまなかった」
濃密な抱擁の後、グレーがおずおずと差し出したのは、桜貝のネックレス。そっとエリーの胸元に着けてくれた。
ひんやりとした感触が、火照った肌に心地いい。
「海の香りがするわ」
「いつもお前のことを思っている。愛しているよ、エリー」
後ろから抱きしめられて、エリーは甘い吐息をつく。
「もう、離さないで……」
返事の代わりに、彼女の首筋に落ちた冷たいしずく。
(――え?)
驚いて振り返ると、男の目が濡れていた。
「どうしたの?」
「………」
エリーの問いには答えず、グレーはもう一度、彼女の身体を強く抱きしめた。

(続く)

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邂  逅 (あとがき)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この小品は、もう30年近くも前にテレビで放映していた「宝島」というアニメの後日譚として考えたものです。
ここに出てくるシルバーという海賊の首領が、それはそれはかっこいい男で、善悪を超越したスーパーヒーローといいますか、当時大学生だった私は、ひたすらその生き様に憧れたものでした。
さよならも言わずに消えてしまったシルバーを忘れられずに、いつまでも追い求めるジム、そしてエリス。それはまた、私自身の姿でもあります。
最初にこの作品を書いたのは、友人が作っていた身内ファン会誌に掲載するためで、すでに20年以上も経ってしまいました。それなのに、今読み返してみても、気持ち的にあまり当時と変わっていないというか、まったく精神的に成長していませんね(笑)。
そんな若かった日の情熱を、少しでも感じていただければと思います。

なお、本館サイトの方でも「宝島」とシルバーについて熱く語っています。もしよろしければ、そちらもご覧いただければ幸いです。

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邂  逅 (4)

「――シルバーにふさわしい女になりたかったんだ」
「え?」
「シルバーがあたしにふさわしくないっていうんなら、あたしがあいつにふさわしい女になってやるってね。もう意地だったよ。それに――海にいさえすれば、またいつかあいつに会えるかもしれないじゃないか……」
昔、シルバーの背中は海の匂いがした。今、エリスの長い髪には、潮の香りが染みついている。
「もし、もう一度あのひとに会うことができたら、今のあたしを見てどんな顔をするだろうね」
あのひとは驚くだろうか。それとも馬鹿な女だと笑うだろうか。
俺にふさわしい女になったとまで言ってもらえなくてもいい。ひとりの女として、認めてさえくれたら――。
そこまできて、彼女の思考はぷつりと途切れた。
もう生きてふたたび、ジョン・シルバーに会うことはないのだ。
「あたしはたぶん、もう会えないけど……。いつかシルバーに出会ったら、あたしのこと伝えて。あいつったら、薄情な奴だから、覚えてないかもしれないけどさ。あんたのこと、いつまでも追いかけてたエリスって女がいたって。追いかけて、追いかけて、追いかけ続けて、海の風になっちまったってね――」

◆◆◆                    

エリスと別れ、南国のまぶしい日差しを浴びて港に続く道を歩きながら、ジムの心はとめどなく哀しかった。

――海にいさえすれば、またいつか会えるかもしれないじゃないか……。

エリスの言葉が、くさびのように頭のどこかに打ち込まれている。
そうだ。自分が未だに海を離れられないのも、愛する妻や子どもたちを陸に残して、決して安全とはいえない航海を続けているのも、ただ海が好きだからというそれだけの理由ではない。
心の奥底に、いつも澱(おり)のように溜まっているどこか暗いこだわりが、彼を海に捉えて放さないのだ。そのこだわりの根底にあるのが、ジョン・シルバーの存在だった。
「俺も信じている。海に出ていれば、きっとどこかで、懐かしいあの男に会える日がくると。だから――」

だから、その日まで、俺は『宝島のジム』でいたいんだ!
十三歳の少年の日、冒険への期待と憧れで世界中が輝いていたあの日、心の底からシルバーを敬愛し、そして憎んだ懐かしい日々……。

ジムはいつしか港への道をはずれ、岬に続く高台を歩いていた。
岬の上にはカモメが舞っている。海は紺碧に輝き、空はどこまでも青い。海と空が溶けあう水平線のかなたに、求めてやまない男の面影が浮かんだ。
(ジョン・シルバー――。いったいお前は、何人の心の中で、今も変わらずに生き続けているんだろう? どれほどの人間が、あの日のお前を今日も追い続けているんだろう? 俺もたぶん、死ぬまでお前の呪縛から逃れられないんだろうな……)
邂逅――。いつかまためぐり会える日。
その日が本当に訪れるのかどうか、それはジムにも分からない。
彫像のように、いつまでも岬の上に立ち尽くす彼の影をかすめて、カモメが低く飛んだ。

(完)

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邂  逅 (3)

戦うコックさん(笑)ジョン・シルバー「さよならも言わないで行ってしまうのね」
「やれやれ、見つかっちまったか」
男の目が、もういつものように笑ってはいないことに、エリスはまだ気づかない。男の腕を握り締めた手がふるえ、体中の力をふりしぼるようにして彼女は叫んだ。
「シルバー、お願い。私も連れていって!」
「お嬢さん、俺はお前さんが思ってくれてるほど立派な男じゃねえ」
今までエリスが聞いたこともないような冷酷な声だった。
「俺は、海賊なんだ」
「――うそ」
「うそじゃねえ!フリントの子分で一本足のジョン・シルバーといえば、海賊仲間でもちっとは知られた顔なんだぜ」
「そんな……そんなこと」
エリスの体から血が引いた。思いもしなかった男の言葉に(拒絶というならこれ以上の拒絶はあるまい)打ちのめされ、彼女は次の言葉をさがすことすらできずに立ち尽くしていた。
「たまには堅気の暮らしもいいもんだが、あんまり長いと体がなまっちまう。ちょうどいい潮時だと思ってたんだ」
シルバーがエリスの手を振りほどこうとしたそのとき、顔を上げた彼女の口から、堰を切ったように男への慕情がほとばしり出た。
「……いい。あなたが海賊でも、人殺しでも――」
「なに――?」
「いいの!私もう、あなたと離れては生きていけない。だから、だから……お願い。いっしょに連れていって!」
今度は、シルバーが呆然とする番だった。

――何をばかな……。

「世間知らずのお嬢さんの世迷いごとにつきあっていられるほど、俺は暇じゃねえんだ!」
シルバーは、自分でも訳の分からない腹立たしさに、思わず声を荒げた。
(海賊でも人殺しでもかまわねえだと。いっしょに連れていってくれだと。――冗談じゃねえ!俺が今日までどんな思いで生きてきたか、お前に分かるっていうのか?)
「お嬢さん。俺には、帰りを待ってる女房がいるんだ。美人で、気立てがよくて、いつまでも待ってくれている……優しい女だ」
「シルバー!」
「俺とあんたとじゃ、生きてる世界が違いすぎる。もっと自分にふさわしい男を見つけるんだな」
それが、エリスとシルバーの別れだった。
置き捨てられた子猫のように、エリスは声を上げて泣いた。             

◆◆◆       

「それで――?」
「それっきり、さ」
ジムは、その思い出の哀しさに胸が痛んだが、エリスの眸子は思いのほか明るかった。まっすぐに自分を見つめている澄んだ光に、彼女が踏み越えてきた道の遠さが見えるようだった。
「なんで海賊なんかになったんだ?」
「なんでだろうね……」
シルバーが消えた後の絶望からなんとか這い上がれるまで――。気の遠くなるような時間だった。
時が経てば薄れると思った哀しみは、日を重ねるごとに深くなる。見たこともない男の妻に対する嫉妬が、業火となってエリスの胸を焼く。その苦しみから逃れるために、我と我が身をさいなみ、心を凍らせていった。

(続く)


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邂  逅 (2)

お嬢さまだったころのエリスジムの沈黙を引き取るようにして、女(エリスという名前だった)はぽつりぽつりと語り始めた。
彼女の父親は、ウェールズでも指折りの資産家だった。幼い頃に母親を亡くした娘の寂しさをなぐさめるために、父は自分の船に彼女を乗せて、あちこちを旅してまわったのだという。
「あのひと――シルバーは、その船のコックだった」
エリスは遠い目をした。
「ほかの船員たちは、船主の娘であるあたしにやたらとチヤホヤしたけど、シルバーだけはちっとも気にもかけてくれないんだ。それが悔しくって、いろいろ困らせたっけ。ずいぶんひどいことも言ったよ。だけどあのひとは、いつも笑ってた。それがまた気にいらなくて……。こっちを見てほしかったんだね」
――子どもだったのさ、と自嘲するように微笑んだ口元に、ジムは、自分の中の苦い思いを重ねずにはいられなかった。
(そうだ。俺も子どもだった。シルバーの中の哀しみや苦しみに気づこうともせず、ただ奴のかっこよさに憧れて、ジャラジャラとまとわりつていただけなんだ。それでも奴は、俺のことを一人前の男として扱ってくれたのに、俺ときたら……。裏切り者だの、人殺しだの、あいつの心の痛みなんて考えもしないで)

――今なら……。

今なら、シルバーの生き方を分かってやれる。尊敬し、憧れて、大好きだった海の男ジョン・シルバーと、泣く子も黙る一本足の海賊ロング・ジョンを、ひとりの男として理解できる。
十五年前、お前がほんの行きずりに出会った少年は、それ以来ずっとお前の影を追い続けて、今やっと対等に向き合える男になった。あんたに導かれてここまで来たんだ。そのことを、彼に伝えたい――。


エリスは、ジムにというよりも、自分の胸に刻み込むように、言葉を重ねた。
「港から港をめぐる船の上で、あのひとはあたしにいろんなことを教えてくれたよ。優しい凪や猛々しい嵐――海は生きものなんだって。行ったことのない遠い異国。南の島のエメラルド色した海。鯨の唄声。海のこと、船乗りたちのこと、それに料理のこともね。あたしは、あのひとが話してくれる世界に夢中だった……」
そしていつしか、その世界に生きているジョン・シルバーという男そのものに夢中になった。
海賊船に襲われたとき、大しけの海を乗り切ったとき、船長よりも勇敢に皆を指揮し、操舵手よりも巧みに船を操った一本足の男。それは、十六歳の少女が、初めて父親以外の男に抱いた激しい感情だった。
だが、旅はいつか終わる。
何度目かの航海を終えて、船がなつかしい故郷の港に戻ってきたとき、シルバーは突然、解雇を言い渡された。娘の思いに気づいた父親が引き離したのだ。
シルバーは、あっさりとしたものだった。それまでの給金を受け取ると、夜のうちに、黙って船から姿を消した。
「あたしには、ひとことも言ってくれなかった。あのひとにとって、あたしはそれだけの――そう、取るに足りない存在だったんだろうね。まだ暗い港を走って走って、あちこち探して……。町外れの浜辺でやっと見つけたあの人にすがって、あたしは見栄も誇りも何もかも捨てて泣いちまった――」

(続く)


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邂  逅 (1)

邂逅。
いつか…また…めぐり会える日。


「旦那!ホーキンスの旦那」
西インド諸島のとある港町で、ジム・ホーキンスは、思いがけない男の名前を聞いた。
(え――?)
「シルバーのことを知っている海賊?ここにいるのか?」
「へえ。旦那がいつもおっしゃってましたからね。一本足の海賊のことを耳にしたら知らせてくれって」
ジムに声をかけたのは、痩せこけて、もう腰の曲がりかけた老水夫だったが、彼は、その下卑た顔つきに覚えがあった。
その男の話では、先日この近くでイギリス海軍と海賊船がやりあって、大勢の海賊が捕らえられた。その頭目が、シルバーのことを知っているのだという。今、彼らは、この町の牢獄で、本国からの護送船を待っているらしい。
「ありがとう。これは少ないがお礼だ」
「へえっ、こりゃどうも」
ジムが3枚の銀貨を渡すと、男は曲がった腰をいっそう低くした。
(シルバー……)
その響きを聞くだけで、ジムの胸の中には、渦巻くように高鳴ってくる感情があった。

――何年ぶりに聞く名前だろう。お前は今、どうしているんだ――?
                
◆◆◆

次の日、ジムは夜の明けるのを待ちかねて、その海賊の頭目を訪ねた。
友人のリブシーの顔で、囚人に面会するくらいは造作もなかったが、牢番には袖の下をはずまねばならなかった。
「許可は取ってあるんだ。しばらくはずしてくれないか」
牢の中は、じっとりとして薄暗い。天井に近いところに小さく開けられた窓から朝の光が差し込み、そのぼんやりとした逆光が、ひとりの人物の影を浮かび上がらせていた。
相手の輪郭がはっきりと形を持ったとき、ジムは思わず声を上げそうになり、慌ててそれを飲み込んだ。
(――女?)
光の中に所在なさげにすわっているのは、腰までの金髪をけぶらせた女だった。
気配に振り向いた女の目は、入り口に立っているジムの姿を認めたが、その顔には何の感情も表れていない。心はここにはなく、寂しげなアイスブルーの眸子は、はるか遠くを見ているかのようだ。
思いのほか相手の美しさにとまどいながら、ジムは万感の思いを込めてその男の名前を口にした。
「シルバーの話を聞かせてくれないか」
「――シルバー? あ、あんた、シルバーを知ってるのかいっ?」
突然、女の顔に感情が戻った。
美しい顔がゆがんでいる。突き刺すような視線がジムをとらえている。それだけで、この女の中にあるシルバーへの思いが伝わってくるような気がした。
おそらく彼女は、ジム以上にシルバーを求め、追い続けてきたのだろう。
「本国に送られりゃ、たぶん縛り首だ。その前にもう一度だけ、あのひとに会いたかったよ……」
「よかったら、あんたの知ってるシルバーのことを、俺に話してくれないか」
「あんたは……?」
「俺もたぶん同じなんだ。もう一度、奴に会いたいと思ってる」
言いながら、ジムは不覚にも涙がこぼれそうになった。

なぜ、これほどまでにあの男に心惹かれるのか。忘れようとして忘れられない宝島への冒険から、すでに十五年が過ぎているというのに。
夢と憧れしか知らなかった十三歳の少年に、現実の残酷さとはかなさを教え、さんざん引っ張りまわしたあげく、さよならも言わずに消えてしまった男――。

(続く)

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